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2018.09.14(金)東日本大震災7年半 全頭処分の酪農家やっと再開 8頭と

東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が大部分で解除された福島県葛尾村で、酪農家の佐久間哲次さん(42)の牛舎に13日、乳牛8頭が到着した。原発事故以来7年半ぶりに酪農を再開し、年明けの原乳出荷を目指す。牛を失い、避難を強いられながらも再開を諦めなかった。「経営を固めて、地域を引っ張っていければ」。古里再生に向け一歩を踏み出した。

興奮して暴れる牛を、父信次さん(68)らとトラックから牛舎へ運ぶ。「7年半ぶりで力も落ちた。浦島太郎みたいだ」と苦笑いし、干し草をはむ牛の様子に目を細めた。

牧場を継いだのは20歳のとき。牛舎と頭数を拡大させ、事故直前は129頭を飼っていた。飼料用トウモロコシや牧草を自ら栽培し、子牛から育てた。最高の環境で飼育することでストレスを減らし、乳量や乳質を高く保った。原乳出荷量は県内トップレベル。牛は「家族同然」だった。

2011年3月11日、大きな揺れに襲われ、翌朝、集乳車が来なかった。搾乳しなければ牛の命にかかわる。「牛は身を削って乳を出す。乳を捨てるのは命を無駄にするようなもの」。それでも搾乳し、原乳を廃棄せざるを得なかった。

14日夜に防災無線が全村避難を告げる。妻子を群馬県に逃し、自身は両親と福島市へ避難した。18日に戻ると、10頭が死んでいた。

6月には若い25頭を北海道の公共牧場に預け、残りをスクリーニング検査後に食肉として出荷した。「人は避難できるけれど、牛はどこにも逃げられない」。牛たちに謝るしかなかった。

福島県三春町の仮設住宅に妻子と入居し、村議を務めながら、知り合いの土木関係の仕事を手伝い、再開の時機を待った。避難指示が解除された半年後の16年12月、事故直後から続いていた原乳の出荷制限が解除された。搾乳機械の修理など、再開へ準備を急いだ。

東日本大震災から7年半の11日、北海道で競りに参加し8頭を購入した。今後は週1度、放射性物質について原乳を検査し、年明けの出荷を目指す。将来は300頭まで増やす計画だ。

今春、葛尾村の自宅跡地に建てた新居へ引っ越した。避難中に3人の子どもに恵まれ、現在は妻と4人の子ども暮らす。最近、長男の亮次さん(13)が「酪農家になりたい」と口にするのがうれしい。

これまで廃業を考えたことはなかった。「『賠償金をもらってやめた』というレッテルを貼られたくない。廃業すれば、この状況と自分に負けた気がする」。それでも再開資金として借りた1億円の返済や風評払拭(ふっしょく)など、課題は山積している。「始まれば後には引けない。いばらの道のスタートです」。佐久間さんは表情を引き締めた。【寺町六花】

<毎日新聞>
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